2006年02月24日

ないものネダリ(禁煙109日目)

20代後半の今、こんなに暇してていいのだろうか?
(プライベートではなく、仕事のことです)

と、つくづく思う。学生時代の友人たちを含む同世代の連中は
毎日忙しく過ごし、社会人として必要な知識をぐんぐん吸収し、
厳しい毎日の中ですくすくと成長していることと思う。

そこへいくと、今の僕の生活は一体なんなんだ?出社しても暇で
「さて、何しようか」なんて言う毎日。定時には退社し、通勤に
1時間もかけてるくせに、7時には夕食タイム。なんじゃそりゃ。

こうして暇しているのは、自分が悪いんだろう(進んで仕事を
見つけるべきという意味で)と反省するものの、必ずしも自分
の努力だけでは何ともならない部分もあるわけで、今の自分の
状況にちょっとだけスネてみたりする。

一昨年は、新天地での業務であり、メインイベントが開催された
ため、それなりに忙しかった。(あくまでも今の自分と比較して)
しかし、昨年来、メインイベントが中止になってからというもの、
自分は今の組織の中で、何のために存在するのかとばかり考える
日々。

同期の連中と飲むことになっても、定刻通りに来る奴は少ないのに、
僕だけどこかで時間を潰してから参加する。この気持ち、なかなか
理解してもらえないと思うが、ヒジョーに辛い。

そんな中、昨年はTOEICに目標を定め、徹底的に再学習したんだが、
それなりに成果が出てしまうと、もう投げ出してしまっている・・・。

ふと思い出したことがある。

中学生だった頃、教師に無理やり生徒会の役員をやらされた。放課後、
部活に行きたくても生徒会の活動で、遅れざるを得なかった。皆より
1時間も2時間も遅れて練習に参加。未熟者ながらレギュラーだった僕
は、補欠になりたくない一心でわずかな練習時間に徹底的に集中した。
3年になり、生徒会の活動を継続するよう勧められたが、部活に専念
したいからという理由で辞退した。ところが、いざ皆と同じ時間、練
習に参加できるとなると、これが思いのほか集中できない。
後々、生徒会と並行して部活に打ち込んだ一年間と、部活のみに専念
した一年間でどちらが充実していたか、どちらが上達したかと振り返
ってみると、忙しいながらも、わずかな時間に集中した一年間の方が
確実に充実していたし、上達もしたと思う。

今も全く同じ状況だなと思う。暇で時間がいくらでもある状況だと、
例えば英語の勉強を始めても、なかなか打ち込めない。学習時間だけ
ダラダラと長くなるだけで、中身がない。時間に追われているほうが
中身の濃い時間を過ごせると思う。

恐らく、今ヒジョーに忙しくしている人が私のぼやきを目にしたら、
「何をぬかすかっ!甘ったれんじゃねー!」とおっしゃることかと
思う。しかし、なってみないと分からない辛さってものもある。

今日のタイトルにもあるように、完全なる「ないものネダリ」だと
自分でも自覚している。いつか、忙しくて忙しくて暇な時間なんて
なくなった時、「自由な時間が欲しい」と思うことだろう。そして
「あの時、あれやっとけばよかったなあ」とも。

そんな後悔だけはしないよう、今の有り余る時間を、与えられた
貴重な時間なのだと自覚して、無駄のない日々を送りたいと強く
思う。
posted by teppin at 16:44| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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